第76回 正倉院展

主な出展宝物(おもなしゅっちんほうもつ)


 正倉院展は、太平洋戦争が終わった翌年の昭和21年(1946年)に初めて奈良で開かれ、33件の宝物が展示されました。敗戦でつらい思いをしていた人々は、展覧会で伝統と文化のすばらしさを再認識し、勇気づけられたといわれています。以来、古都・奈良の秋を(いろど)恒例(こうれい)の行事となり、国内外の多くのファンを魅了(みりょう)してきました。


 76回目となる今年の正倉院展には57件が展示されます。奈良時代に聖武(しょうむ)天皇(てんのう)が使ったとされる(ひじ)置き「紫地(むらさきじ)鳳形(おおとりがた)錦御軾(にしきのおんしょく)」や、古代では(めずら)しい七宝(しっぽう)(ほどこ)した鏡「黄金(おうごん)瑠璃(るり)鈿背(でんはいの)十二稜鏡(じゅうにりょうきょう)」など(はな)やかな宝物が注目されます。また、紅色(べにいろ)に染めた象牙(ぞうげ)の表面を彫刻(ちょうこく)した物差し「紅牙(こうげ)撥鏤尺(ばちるのしゃく)」や、貴重な素材をふんだんに使った()()細工(ざいく)の「沈香木(じんこうもく)画箱(がのはこ)」といった細部も美しい宝物にも引きつけられそうです。


 今年は、ガラス製の装身具(そうしんぐ)など、宮内庁正倉院事務所が最新の技術でよみがえらせた再現模造品も多く展示されます。宝物とあわせて鑑賞(かんしょう)することで、古代の人々の技や心意気(こころいき)に思いをはせ、いっそう宝物の魅力(みりょく)を感じ取ることができるでしょう。


 このサイトでは、今回展示される宝物から10件を紹介します。


  • ☆宝物の写真をクリックすると解説と写真が表示されます。
  • 花鳥背円鏡

    花鳥(かちょう)(はいの)円鏡(えんきょう)

  • 鹿草木夾纈屏風

    鹿(しか)草木(くさき)夾纈(きょうけちの)屏風(びょうぶ)

  • 紫地鳳形錦御軾

    紫地(むらさきじ)鳳形(おおとりがた)錦御軾(にしきのおんしょく)

  • 花氈

    花氈(かせん)

  • 紅牙撥鏤尺

    紅牙(こうげ)撥鏤尺(ばちるのしゃく)

  • 碧瑠璃小尺

    碧瑠璃(へきるりの)小尺(しょうしゃく)黄瑠璃(きるりの)小尺(しょうしゃく)

  • 深緑瑠璃魚形など

    深緑瑠璃(ふかみどりるりの)魚形(うおがた) ほか

  • 沈香木画箱

    沈香木(じんこうもく)画箱(がのはこ)

  • 伎楽面 酔胡従

    伎楽面(ぎがくめん) 酔胡従(すいこじゅう)

  • 黄金瑠璃鈿背十二稜鏡

    黄金(おうごん)瑠璃(るり)鈿背(でんはいの)十二稜鏡(じゅうにりょうきょう)

正倉院には、聖武(しょうむ)天皇が大切にされた品々をはじめ、今から1250年以上も前の宝物が伝わっているよ。古いもので後の時代へ残していく必要があるから、展覧会の時以外は見ることができないんだって
花鳥背円鏡

花鳥(かちょう)(はいの)円鏡(えんきょう)(北倉)

 大型の丸い鏡で、裏面にあたる背面(はいめん)には、わきたつ雲の中に草花や飛ぶ鳥などが()()りになっています。材質は白銅(はくどう)という、スズを多く含む青銅(せいどう)です。(くわ)しい分析(ぶんせき)で、(とう)の時代に中国で作られた鏡に成分が近いことがわかり、この鏡は中国から日本に渡ってきたとみられます。聖武(しょうむ)天皇(てんのう)の愛用品を光明(こうみょう)皇后(こうごう)が東大寺の大仏にささげた際の目録「国家(こっか)珍宝帳(ちんぽうちょう)」に記されている品にあたると考えられています。背面の繊細(せんさい)なデザインから、大変(すぐ)れた品として天皇の身近に置かれていたのでしょう。今回は、鏡を納めたとみられる漆塗(うるしぬ)りの箱なども展示されます。


直径31.7cm (ふち)の厚さ0.8cm 重さ4061g

鹿草木夾纈屏風

鹿(しか)草木(くさき)夾纈(きょうけちの)屏風(びょうぶ)(北倉)

 大きな木の根元に2頭の鹿が向かい合って立つ構図が特徴的(とくちょうてき)です。木の上には鳥が飛び、地面にはさまざまな草花が()いています。「夾纈(きょうけち)」とは、板に文様(もんよう)()った型で布を(はさ)んで染め上げる技法で、この屏風(びょうぶ)は布地を縦に折り、同じ型で半分ずつを左右対称(たいしょう)に染めたと考えられています。木の下にペアの動物を表す文様は西アジアが起こりとされ、奈良時代の国際交流がうかがえる正倉院宝物といえます。「国家(こっか)珍宝帳(ちんぽうちょう)」には草木や鹿をモチーフにした屏風が17組記されていて、この屏風はそのうちの一つにあたります。


長さ149.5cm (はば)56.5cm

紫地鳳形錦御軾

紫地(むらさきじ)鳳形(おおとりがた)錦御軾(にしきのおんしょく)(北倉)

 クッションのように使う(ひじ)置きで、「国家(こっか)珍宝帳(ちんぽうちょう)」に()っている宝物です。エックス線撮影(さつえい)によって、内部はマコモという植物の繊維(せんい)を束ねて畳表(たたみおもて)で巻き、さらに真綿(まわた)()めて麻布(あさぬの)でくるんでいることがわかっています。表面には絹織物の「(にしき)」が()られ、全体として弾力性(だんりょくせい)(やわ)らかさを()ね備えた作りになっています。錦には、中国の皇帝(こうてい)とかかわりの深い想像上の鳥「鳳凰(ほうおう)」を、古代ギリシャやローマが起源の「ぶどう唐草文(からくさもん)」という文様(もんよう)で丸く囲んだデザインがあしらわれています。天皇が身近に置くのにふさわしい風格のある品です。


高さ20cm 長さ79cm (はば)25cm

*展覧会では、宮内庁正倉院事務所が現代の技術で再現した模造品も並びます。

花氈

花氈(かせん)(北倉)

 羊毛などを圧縮したフェルトの生地(きじ)模様(もよう)をデザインした敷物(しきもの)を「花氈(かせん)」といいます。中央アジアの遊牧民の作った敷物がルーツで、中国・(とう)の時代には特に(はな)やかな作品が作られました。正倉院には大小の31枚が伝わっていて、この宝物も材質調査によって、大陸から輸入したものと考えられています。白い生地に藍色(あいいろ)の花がちりばめられたデザインは、よく見ると、角張(かくば)った葉をもつ()い色の花と、丸みのある葉をもつ(うす)い色の花の文様があります。織物のように決まったパターンではない、悠然(ゆうぜん)とした印象も受けます。


長さ233cm (はば)121cm

紅牙撥鏤尺

紅牙(こうげ)撥鏤尺(ばちるのしゃく)(中倉)

 細工が美しい象牙製(ぞうげせい)の物差しです。白い象牙を赤く(あざ)やかに()めた後、表面を()って文様(もんよう)を表す「撥鏤(ばちる)」という技で仕上げられています。表の面は10の区画に仕切られて、複数の花の文様を組み合わせた「唐花文(からはなもん)」と、想像上の動物の「麒麟(きりん)」や鳥、(つばさ)のある馬、花の形をした角を持つ鹿が交互(こうご)にあしらわれています。一方、裏の面には上半分に庭園のある建物が、下半分には鳥や草花が刻まれています。中国の(とう)では皇帝(こうてい)に物差しを差し上げるならわしがあり、それにならって日本でも儀式(ぎしき)で用いられたと考えられています。


長さ30.7cm (はば)3.1cm 厚さ0.9cm

碧瑠璃小尺

碧瑠璃(へきるりの)小尺(しょうしゃく)黄瑠璃(きるりの)小尺(しょうしゃく)(中倉)

 2つのガラス製の物差しは、実際に物を測るためのものではなく、組みひもで(こし)の帯から下げる(かざ)りだったと考えられています。「碧瑠璃(へきるり)」は成分に(なまり)を多く含む鉛ガラスで、銅を混ぜた化学反応によって緑色になっています。表と裏には金の絵の具(金泥(きんでい))で目盛りが引かれてます。一方の「黄瑠璃(きるり)」は鉄分によって黄色になった鉛ガラスで、表裏の目盛りは銀の絵の具(銀泥(ぎんでい))で付けられています。結ばれた組みひもで物差しはペアになっています。(あざ)やかに(かがや)(かざ)りをどんな人が身につけていたのか、イメージがふくらみます。


長さ6.4cm、6.9cm (はば)1.8cm、1.9cm 厚さ0.5cm、0.4cm

*展覧会では、宮内庁正倉院事務所が現代の技術で再現した模造品も並びます。

深緑瑠璃魚形、浅緑瑠璃魚形、碧瑠璃魚形、黄瑠璃魚形

深緑瑠璃(ふかみどりるりの)魚形(うおがた)浅緑瑠璃(あさみどりるりの)魚形(うおがた)碧瑠璃(へきるりの)魚形(うおがた)黄瑠璃(きるりの)魚形(うおがた)(中倉)

 かわいらしい魚の形をしたガラス製アクセサリーです。碧瑠璃(へきるりの)魚形(うおがた)はアルカリ石灰ガラス、ほかの3点は(なまり)ガラスとみられ、緑や青は銅を、黄色は鉄を混ぜることで色が現れています。ガラスの(かたまり)(けず)って魚の形に整え、目やえらの部分は線を()った後に金や銀の絵の具(金泥(きんでい)銀泥(ぎんでい))で強調しています。ひもを通して(こし)の帯に付ける(かざ)りだったのでしょうか。古代の中国では、魚はおめでたいことの象徴(しょうちょう)とされ、宮中(きゅうちゅう)に出勤する役人の通行許可証が魚の形をしていたとされます。そのなごりから日本でも装飾品(そうしょくひん)になったと考えられています。


長さ6.3~6.8cm 厚さ1.2~1.3cm 重さ23.85~43.76g

*展覧会では、宮内庁正倉院事務所が現代の技術で再現した模造品も並びます。制作過程は正倉院展公式ページで紹介しています。

沈香木画箱

沈香木(じんこうもく)画箱(がのはこ)(中倉)

 仏にささげる物を入れる「献物箱(けんもつばこ)」とみられる木の箱で、支える(あし)が付いています。ふたの表面は、海外産の高級木材「沈香(じんこう)」の薄板(うすいた)をひし形や三角形に切って()り、その周囲に、同じく舶来(はくらい)の「紫檀(したん)」や象牙(ぞうげ)などさまざまな素材を幾何学模様(きかがくもよう)に組み合わせた細工を(めぐ)らせています。脚の部分は、紺色(こんいろ)に染めた象牙の表面を()って文様(もんよう)を表す「撥鏤(ばちる)」の技法などで装飾(そうしょく)されています。最上級の素材をふんだんに使って華麗(かれい)に仕上げられた箱には、貴重なものを納めたのでしょう。細かな部分にも丹精(たんせい)()らす作り手の意気込(いきご)みも感じられます。


縦28.0cm 横44.6cm 高さ14.6cm

伎楽面 酔胡従

伎楽面(ぎがくめん) 酔胡従(すいこじゅう)(南倉)

 飛鳥(あすか)時代に大陸から伝わった仮面劇を「伎楽(ぎがく)」といい、天平(てんぴょう)のころには仏教の儀式(ぎしき)などで盛んに披露(ひろう)されました。不明な点が多いのですが、当時使われた仮面は14種類の23面が一組だったようです。伎楽の終盤(しゅうばん)、ペルシャの王「酔胡王(すいこおう)」に従ってお供の「酔胡従(すいこじゅう)」8人が登場し、ひどく酒に()った演技で観衆を楽しませたと考えられています。酔胡従は赤ら顔に大きく高い鼻、分厚い(くちびる)、太い眉毛(まゆげ)特徴(とくちょう)で、桐材(きりざい)()ったこの面の頭髪(とうはつ)部分には馬のたてがみとみられる毛が使われています。面の裏には(すみ)で「捨目師(しゃもくし)」と書かれていて、作者の名前とわかります。


縦30.8cm 横24.3cm 奥行(おくゆ)き30.2cm

黄金瑠璃鈿背十二稜鏡

黄金(おうごん)瑠璃(るり)鈿背(でんはいの)十二稜鏡(じゅうにりょうきょう)(南倉)

 正倉院宝物にはあわせて56の鏡があり、そのうちでただ一つの「七宝(しっぽう)」の技法で(かざ)った銀製の鏡です。七宝とは、金属の素地(そじ)粉状(こなじょう)に細かく(くだ)いたガラスを盛って色や絵柄(えがら)を焼き付ける技法で、この鏡は古代の七宝の作品としても(めずら)しいものです。12の角がある鏡の背面(はいめん)に、大小の花びらで中国・(とう)の時代や日本の奈良時代に流行した文様(もんよう)宝相華文(ほうそうげもん)」が表されています。花びら形に切った銀の(うす)い板は黄、緑、濃緑(こみどり)という3色の釉薬であでやかに仕上げられ、鏡の周囲にはめ()まれた金の板とのコントラストも(あざ)やかです。


径18.5cm (ふち)の厚さ1.4cm 重さ2177g