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2021年10月14日

<語る・正倉院展>「壊れないように作る」 宝物が伝えるクリエイター魂(彫刻家・吉水快聞さん)

正倉院展にゆかりのある人たちに、展覧会や宝物について自由に語ってもらう不定期連載を始めます。今回語るのは、奈良在住の彫刻家で文化財修理も手がける吉水快聞さんです。

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良好な保存状態で現代まで伝わる「奇跡」

正倉院宝物の素晴らしさは、出土したのではなく、伝世品としてそのまま伝わっているということ。文化財修理に携わる立場から見ると、あれだけ良好な保存状態で残っているというのは、まさに奇跡です。

高温多湿の日本の環境では、仏像などをお堂に安置した場合は、ほこりなどの堆積(たいせき)、木材のひび割れ、紫外線による顔料の経年変化といった劣化が起こってしまいます。かといって、風通しの悪い状態でしまい込んだままだと、カビや虫、ネズミなどの害に遭いやすいです。

なぜ宝物は良好な状態が保たれているのか。

一つは、定期的に虫干しをし、それ以外の期間は丁寧にしまっておくなどのメンテナンスを、人々が続けてきたからでしょうね。また略奪や焼失などを防ぐのも重要です。1250年以上もの長きにわたってそれらの努力が続けられてきたからこそ、宝物は現在まで伝わってきたのだと思います。

厳選した材料、最高の技術、耐久性を高める工夫

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吉水さんが制作中の仏像。表面に「截金」を施している

もう一つ、宝物が現代まで残った理由として私が注目するのは、材料と技術の質の高さです。当時の天皇に献納された品々ですから、すぐに壊れるということは許されない。そのため、厳選した材料と当時の工人が持つ最高の技術を使い、耐久性を高める工夫をして作られています。

例えば、細く切った金箔(きんぱく)を貼り付けて文様にする「截金(きりかね)」という技法が一部の宝物に使われています。金は基本的に劣化しません。金以外の材料で代用することは可能かもしれませんが、耐久性を考えると金でなければいけないのです。(※正倉院宝物では、截金は献物箱の「密陀彩絵箱(みつださいえのはこ)」や楽器の「新羅琴(しらぎごと)」などに施されています)

漆塗りにしてもそうです。10年くらいしか使わないものならば、見えない下地のところでいくらでも手を抜けます。しかし、何十年、何百年先まで長持ちさせるためには、布を貼り、「地の粉」「砥の粉(とのこ)」という異なる粒子の粉を使い分けながら下地を作り、塗っては研ぎを繰り返して仕上げていく手間が必要になります。(※漆塗りを施しているものは数多く、2021年はハスの花をかたどったカラフルな「漆金薄絵盤(うるしきんぱくえのばん)」や、香炉を収納しておくための「漆柄香炉箱(うるしのえごうろばこ)」などが出展されます)

当時と現在では技法が異なる、または今では伝わっていない技法も、もちろんあります。

そのため私は仕事柄、正倉院展で実際の宝物を目の当たりにすると、当時の工人がどのように作り、どのような工夫をしているのか、どれくらいの手間をかけたのだろうか――などといった点が気になります。「なるほど、そんな方法があったのか」「いいセンスしているな」と先人から学ぶことは沢山あります。

クリエイターが込めた工夫や努力に思いを

たとえ見た目だけ美しくても、作る手間を惜しんで手抜きをしたり材料を惜しんだりした品物は、決して長持ちしません。「壊れないように作る」って、すごく難しいことなのです。私も制作の際、1分1秒でも先の未来に作品が届く工夫をするように努めています。クリエイターとして「今は誰も気付かないけれど、300年後に見ていろよ」という思いを込めながら。

それはきっと、正倉院宝物のクリエイターも同じだったはずです。だからこそ宝物は、作られてから1000年以上もたっているのに、私たちの心に響き続けるのです。

宝物が良好な状態で現代に伝わるからこそ、私たちは当時の人々の感性や技術を見て感じることができます。実物が残っていれば、途絶えてしまった技法をひもとく大きな手がかりにもなります。

博物館で「きれいだ」「すごい」と感じるだけでなく、それらの宝物に込められた多くの人々の工夫や努力にも思いをはせてもらえれば、これまでと異なる目線で宝物を鑑賞できるのではないでしょうか。

■吉水快聞(よしみず・かいもん)

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1982年、奈良県生まれ。東京芸術大学大学院では「せんとくん」の生みの親・籔内佐斗司氏(現奈良県立美術館長)に師事し、鎌倉時代の仏師・快慶が作った東大寺俊乗堂・阿弥陀如来立像(国重要文化財)の想定復元模刻研究に取り組む。博士号取得後に奈良に戻り、工房「巧匠堂(こうしょうどう)」を設立。動植物をモチーフにした創作の一方、仏像の制作や彫刻文化財の修復にも取り組む。浄土宗正楽寺(奈良県橿原市)住職、龍谷大学非常勤講師。公式ウェブサイト(https://www.kaimon.biz/

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作品「東大寺俊乗堂快慶作阿弥陀如来立像想定復元模刻」〔木彫(檜)金泥地に截金 玉眼 漆 天然顔料 金箔 銅〕総高約170㎝ 像高約98㎝ 2010年制作 截金:中村祐子他

奈良県立美術館で吉水さんの作品が展示

吉水さんの作品は、奈良県立美術館で20211114日まで開かれている特別展「森川杜園(とえん)展」に合わせて、同美術館連携展示室で紹介されています。

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作品「龍乃卵」 〔木彫(檜)に彩色・截金(金箔、白金箔)・漆ガラスなど〕 幅300×奥行き300×高さ187㎜ 2020年制作

※写真はすべて吉水さん提供