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2021年10月30日

歴史を感じ、歴史から学ぶ――特別対談:磯田道史氏×小河義美・ダイセル社長

【PR】第73回正倉院展 協賛記念 特別対談
歴史を感じ、歴史から学ぶ
~正倉院展から考える、現代社会の課題と未来~

多くの歴史ファンを魅了する正倉院展が本日開幕します。「第73回正倉院展」に協賛するダイセルの小河義美社長は、自身も大の歴史好き。今回、歴史学者で国際日本文化研究センター教授の磯田道史氏を招き、正倉院展の魅力、歴史から読み解く現代と未来について語り合いました。

「歴史から学び、将来あるべき姿を描く」
小河 義美・ダイセル社長

「AI時代こそ、歴史に触れて感性を養う」
磯田 道史 氏

正倉院展の魅力は圧倒的な技術力

小河 私は磯田先生の大ファンで、今日は楽しみにしておりました。先生の著書では、英雄だけでなく市井の人も主役となりますし、私はそもそも技術者でしたので、技術的な切り口にも共感しながら、いつも面白く拝読しています。

磯田 私の家は近代以後は技官をやった人が多いので、モノづくりには興味がありますし、自ずとそうした著述が多くなるんでしょうね。正倉院展も、開催日が近づくとワクワクします。正倉院宝物の魅力は、やはり高度な技術力。現代の技術をもってしても困難なものや、21世紀に入ってようやく解明されたようなサイエンスが使われたものもあって、それらがまた素晴らしく良好な保存状態で残されています。人間は進歩するものと考えがちですが、正倉院展を見ると必ずしもそうではないことが分かりますね。

小河 おっしゃる通りです。あの匠の世界には圧倒されますし、すごく想像力をかき立てられます。

磯田 漆芸家の松田権六は岡倉天心の影響をうけ、美術工芸品は「この優品を今作るとしたら?」「どうすれば作品が良くなるか?」という視点で鑑賞するとよいと言いました。そんな想像をめぐらすのに、正倉院展ほど楽しいものはありません。モノづくりで大事なのは、まず何を作りたいのかというコンセプト。次に、広い世界に目を配り、足りない技術があれば、それを勇敢に持ってくる力。それができた者こそ、技術戦の勝利者となります。その点、正倉院ははるか中近東からも持ってきていますからね。

小河 グローバルではない時代に、なぜあそこまで集められたのか本当に不思議です。

磯田 吉田松陰の説く「飛耳長目(ひじちょうもく)」ですね。過去、日本が飛耳長目に長けた時代は、正倉院の天平と織田信長の戦国末期、そして明治です。唐や天竺を越えて学問や技術を取り入れ、繁栄させたこの三時代はやはりすごいと思います。

日本社会になじむ型による差配

磯田 今回の新型コロナへの対応などを見ていると、令和の日本はスピードとリスクに対する感覚が鈍っているように感じます。ゼロリスク信仰が強く、意思決定が進まない。けれど、もはや我々はリスクのある社会に生きていると思っておいたほうがいい。

小河 当社は5年ごとの中期計画を立てていますが、その間に必ず災害や経済危機など想定外のことが起きています。激しい変化があることを前提に、どういう構えをしておくべきかを考えないといけません。

磯田 失敗するかもしれないけれど、チャレンジする。減点法で評価するのではなく、小さな失敗は許容し、大きな失敗はしない社会にしていく。それが今後の世界に課せられている課題のように思います。

小河 今、的確な判断と迅速な意思決定のできるリーダーを育てようと、多くの企業が人事制度を見直しています。その中で、欧米式のジョブ型制度を取り入れようという動きもありますが、日本の風土や気質を考えると、私はうまくいかないのではないかと考えているんです。

磯田 その視点は正しいと思います。日本社会を分析していると、この国は、信長でも秀吉でも、人による支配は長く続いていません。さほど天才児が生まれる社会ではないんです。じゃあ何がなじむのかと言えば、行動様式を一つの型にする〝型による差配〞です。小河社長がかつて取り組まれた改革が、まさに作業プロセスの型化、標準化でしたね。

小河 はい。工場にある、暗黙知といえる1,000万種類ほどのノウハウを顕在化させてみたら、8種41動作に標準化することができました。これを「ダイセル式生産革新」として、他社にお使いいただいたところ、他社でも通用する普遍的な動作だと分かりました。標準化した動作を基本原型として組み合わせれば、多種多様なノウハウもAIの言語化に応用でき、工場の自動化を可能にします。過去の取り組みから、未来の工場の姿を描く。いくらAIが発達しても、何を成し遂げたいのかといった目的が大切で、そうした目的を明確に指し示すリーダーが求められると思っています。

磯田 型化、標準化はあくまでも手段であって、目的ではないですからね。

日常から遠く離れ新しい発想を育む

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小河 今後、SDGs(持続可能な開発目標)の取り組みにおいても日本らしいアプローチを探ることが大切です。そのためにも、私たちの強みや弱みを日本の歴史から学ぶことが重要だと感じています。

磯田 抽象度の高い課題には人の情緒や感性が必要です。これらを養うには、時間や空間、自分自身から一度離れるといい。時間から離れるなら歴史、空間から離れるなら旅行、自分自身から離れるなら自然物を見るとか。一見、無駄に思われるあれこれを考えることこそ、AIにはない人間の本質であり、新しい考えやモノを生み出す本体だと思います。

小河 確かに新しいアイデアは仕事からいったん離れたときにひらめくことが多いですね。産学連携、文理連携、企業の枠組みを超えた協創など、発想を変える環境づくりも大切ですし、現実から離れ、過去の先輩たちがどう歩んできたのかと歴史に身を委ねるひとときがあってもいいと思います。

磯田 頭の洗濯になりますよね。

小河 コロナ禍やDX(デジタル・トランスフォーメーション)の活用など、これまで以上に激しい変化に身を置くことになります。そのスピードは加速していますが、人類の歴史に変化は付きものです。歴史の変曲点を想像し、思考力を鍛え、当時の決断に学ぶことが将来を描くことにつながると思います。

※本対談は、オンラインによるリモート対談として実施しました。

(2021年10月30日付読売新聞朝刊より掲載)


(プロフィール)

磯田 道史
歴史学者・国際日本文化研究センター教授
(いそだ・みちふみ)1970年岡山県生まれ。慶應義塾大学大学院文学研究科博士課程修了。2021年4月より現職。主な著書に、『武士の家計簿「加賀藩御算用者」の幕末維新』『天災から日本史を読みなおす先人に学ぶ防災』『感染症の日本史』などがある。

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小河 義美
株式会社ダイセル 代表取締役社長
(おがわ・よしみ)1960年兵庫県生まれ。83年大阪大学基礎工学部化学工学科卒業、ダイセル入社。2019年より現職。90年代後半、次世代型化学工場構築プロジェクト推進室長として、素材産業における生産性向上手法「ダイセル式生産革新」を考案。「今の仕事でなければ、考古学者になりたかった」というほどの歴史好き。

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株式会社ダイセルは、「第73回正倉院展」に協賛しています。