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悠久の至宝(後編)
「第73回正倉院展」に出展されている宝物について、奈良国立博物館の研究員が考察をまじえ、その魅力を前後編に分けてご紹介します。今回は後編です。
時超え 人々の想い映す
花鳥背八角鏡(かちょうはいのはっかくきょう)(直径33.6cm、縁の厚み0.8cm、重さ3.85㎏)
聖武天皇が生前、大事にされていた品の一つ。外形を花形につくり、鏡の背面に、葡萄(ぶどう)の枝をくわえた2羽の鳥を旋回するように表す。中国・唐で流行したデザインの鏡である。
鳥類研究者らの詳細な観察によると、この鳥はホンセイインコ属の特徴を示すという。ホンセイインコ属は主に中国南西部から東南アジア、インドにかけて分布するため、唐や日本の都人にとっては異国情緒が感じられる鳥だったのだろう。そういえば、インコが口にする葡萄の枝も、西方の香りが漂うモチーフである。
写真からもわかるとおり、鏡の各所はかすがいでつなぎ留められており、なんとも痛々しい姿である。ただし、聖武天皇が手に取られていた頃は、このような状態ではなかった。その後、一体何が起きたのか。事の次第はこうである。鎌倉時代の1230年(寛喜2年)、正倉院から本品を含む鏡8面などが持ち出された。直ちに捕らえられた盗人たちは、鏡を砕いて売ろうとしたが思うようにいかず、東大寺大仏殿前に戻したと白状した。それ以来、長らく破片のまま正倉院に納められていたが、明治時代の修理に際して、接合や欠失部分の補完により、現在の姿に整えられたというわけだ。
インコの舞う軽やかなデザインだが、聖武天皇の異国への念、盗人たちの野心、修復家の熱意など、様々な人々の想(おも)いを映してきた、重みのある鏡なのである。
奈良国立博物館学芸部企画室長 中川あや
(2021年11月6日付読売新聞奈良版より掲載)
高度な製作技術 再評価
白瑠璃高坏(はくるりのたかつき)(直径29cm、高さ10.7cm、重さ1.23㎏)
正倉院宝物と聞いて、ガラス器を思い浮かべる人も少なくないだろう。天平の時代の豊かな国際性を、これらのガラス器は雄弁に物語ってくれる。今年の正倉院展には、その一つ「白瑠璃高坏」が出展されている。
高坏とは脚を備えた坏(はい)のことで、食物や供物を盛る容器のこと。本品は大きく口縁を広げる坏部の造形が印象的だ。石英、炭酸ソーダ、石灰石を主原料とするアルカリ石灰ガラス製で、吹きガラスの技法で坏と脚を別々に作り、接着させている。黄色みを帯びたガラスは気泡を含み、器形はわずかにゆがんでいる。このおおらかな造形もまた、本品の味わい深い魅力にあずかっているように思う。
ところで、本品がいつ、どこで作られたものなのかははっきりしていない。かつては、本品に気泡が多いことを技術の拙さに結びつけ、ガラス器生産の伝統の浅い地で作られたものと考えられた。
しかし、坏部の大きく広がった口縁をほぼ直角に折り曲げる技術などは驚くほど高度なもので、むしろ当時のガラス器生産の本場であった地中海東岸やメソポタミアの地で作られたとして再評価されてきている。
本品は東大寺の大仏開眼法要の際に献上された。異国の楽舞が催され、西方の薫り漂う本品が納められた法要の光景は、当時の人にいかに新鮮に映ったことであろう。
奈良国立博物館学芸部研究員 三本周作
(2021年11月7日付読売新聞奈良版より掲載)
32枚の蓮弁 うろこ状に
漆金薄絵盤(うるしきんぱくえのばん)(直径55.6cm、高さ18.5cm)
大きく咲きほこる蓮(はす)の花をかたどったお香の台。天平の彩りを現在に伝えるクスノキ材製の蓮弁(れんべん)(花びら)は合計32枚を数え、一段ごとに魚のうろこ状に互い違いになるよう固定されている。蓮弁に包まれた中央部分に香印(粉末状の香を型押しして文様を表したもの)を載せた皿を設置し、焼香を行ったとみられる。一筆書きのようにゆっくりと燃えてゆくため、その様子を見て時間を計ることも意図されていたらしい。
一枚一枚の花びらにあしらわれた華麗な彩色文様は、宝相華(ほうそうげ)(想像上の植物)、迦陵頻伽(かりょうびんが)(上半身は人、下半身が鳥の想像上の生き物)、鴛鴦(おしどり)、獅子(しし)など多岐にわたっている。
そのモチーフの組み合わせや表現は、中国・唐代の736年に建立された大智禅師の碑(中国・西安碑林博物館蔵)を飾る文様と、極めてよく似ている。このことから、遣唐使によってもたらされた、当時最新の盛唐様式が色濃く投影されていると考えられる。
台座の裏には、当初の呼称を示す「香印坐」の墨書が認められる。これとよく似た「香印坐花」の記載が、741年(天平13年)に創建された東大寺阿弥陀(あみだ)堂の資財帳にある。
阿弥陀浄土を象徴する花である蓮の姿をかたどり、蓮弁に阿弥陀浄土に住むとされる迦陵頻伽を繰り返し描く本品が、東大寺阿弥陀堂に安置されていた阿弥陀三尊像の供養具「香印坐花」そのものである可能性も検討されるべきだろう。
奈良国立博物館学芸部教育室長 谷口耕生
(2021年11月8日付読売新聞奈良版より掲載)