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正倉院 「古代の技術者との通訳」30年
正倉院宝物の保存に長年尽力してきた宮内庁正倉院事務所長の西川明彦さん(60)が、3月末で定年を迎える。これまでの仕事を振り返り、文化を守り継ぐ意義を語った。
京都市立芸術大大学院では日本画が専門だった。1988年に恩師の勧めで入所したが、正倉院宝物については中学の教科書程度のことしか知らず、当初は「自分にできる仕事があるのか疑問だった」という。
事務所では木工、漆工、金工など染織以外の工芸全般を担当し、宝物の修理や模造品の制作に関わった。修理といっても、現代と古代の技術は全て同じではなく、「伝統工芸の作家さんや人間国宝の方と、宝物を作った古代の技術者をつなぐ『通訳』になれた」と自負する。
日本画の経験も役立った。例えば、大陸由来の音楽劇「伎楽(ぎがく)」で用いた「伎楽面」の修理で、剥落(はくらく)した部分の接着に使う膠(にかわ)は適量が難しいが、「日本画でよく使う材料。職人と話ができた」と語る。
正倉院事務所一筋で、2017年に所長に就任。近年はVR(仮想現実)や3次元計測など、最新技術を駆使したオリジナルの保存に力を入れ、情報発信にも役立ててきた。
奈良国立博物館(奈良市)で毎年開かれる正倉院展は、最新の調査・研究成果を披露する場だが、20、21年は新型コロナウイルスの影響で日時指定入場制を導入した。来場者を限定せざるを得なかったとはいえ、「ゆっくり見てもらえたという意味では、プラスの効果もあった」と振り返る。
正倉院宝物と向き合って30年余り。「一義的には宝物という"もの"を守ることに尽きる」わけだが、それだけではないという。「曝涼(ばくりょう)(虫干し)点検や勅封(天皇による宝庫の封印)など、形のない"こと"も含めて守るのが仕事。それが有形、無形を含めた文化を継承していくことにつながる」と強調した。
(2022年3月6日付読売新聞朝刊より掲載)