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いろいろな情報わかる 世界で例のない文書群 飯田剛彦・宮内庁正倉院事務所長
今春、宮内庁正倉院事務所長に就任した飯田剛彦さんに「第74回正倉院展」の見所や、今後の抱負などについて聞いた。主なやり取りは次の通り。
(聞き手・関口和哉、夏井崇裕)
――今年の出陳宝物の特徴は。
今年は装飾品が多く出陳されるので、古代の貴人の装いがよくわかります。鳥形の飾り具「彩絵水鳥形(さいえのみずどりがた)」や魚形の腰飾り「犀角魚形(さいかくのうおがた)」、小刀の刀子などです。また、染織品の断片も多数伝来しており、これらもまとめて展示されます。
――動物の図柄が描かれた宝物もたくさん出陳されます。日本では見られない動物もいますね。
そうですね。四神に似た霊獣や鳳凰(ほうおう)など、宝物にはいろいろな動物が描かれています。いろいろな動物を探しながらご覧いただくと楽しいかなと思います。
――モチーフは西方ですが、東アジアで加工やアレンジをしている宝物も見受けられます。
正倉院宝物の国際性を考えるときに欠かせないのは中国・唐の広大な交易圏です。中国はさまざまな地域の文物を集め、それらを日本が輸入する、というようなことがあったので、宝物にはさまざまなモチーフがあり、素材にも反映されています。唐からの輸入品がそのまま残っている品もありますが、それらから学んでデザインや技術を参考にし、日本で作った宝物もたくさん残っています。
――ペルシャの影響がみられる宝物もありますが、唐で流行していたのでしょうか。
唐と人的な交流がかなりあったようです。文化的な要素も同時に唐に入り、それが日本に伝えられて国内でも取り入れられるようになりました。鸚鵡(おうむ)や象木が描かれた﨟纈屛風(ろうけちのびょうぶ)がその例だと思います。
――染織品の断片も多数出陳されます。
絹製品は経年劣化が著しく、細かい断片になって伝来したものが多く残っています。本格的に整理が始まったのは江戸・天保年間で、屏風に小切れの断片を貼りました。現在は、保存状態を考慮して屏風から取り外されていますが、今回はかつて屏風に貼られていた断片がまとまって出陳されます。
――宝物を保存するという活動の一端がみられます。
そうですね。かつては折りたたまれて唐櫃(からびつ)に入れられていた染織品の断片を伸ばしたり、糸目をそろえたりし、整理、修理を続けています。
最近は絹の繊維の分子結合の壊れ具合を調べ、染織品の修理の優先順位を決めるという、最新の科学的な分析方法も導入しています。
――正倉院というと美しい調度品や工芸品のイメージが強いですが、文書も大量に伝わっています。どのような史料がどのくらい残っているのでしょうか。
圧倒的に数が多いのは、東大寺に置かれた写経所という機関で作成、蓄積された正倉院文書と呼ばれる事務帳簿群です。奈良時代に戸籍などは保存期間の30年が過ぎると廃棄されましたが、それが写経所に払い下げられ、裏の白紙部分を利用して写経事業を遂行するための事務帳簿が作られました。点数は1万点を超えます。
つまり、紙が再利用されたため裏面に書かれていた戸籍などの公文書がたまたま残ったのです。幕末から明治時代にかけてこれらが注目され、整理されてきました。
――非常に貴重な史料ですね。
現在残る奈良時代の生の史料の大半は正倉院文書で、当時の歴史書「続日本紀」に記された政治制度について、その具体的なあり方が分かる非常に貴重なものです。また、奈良時代の官人の仕事のやり方もよくわかります。土の中から発掘されたのではなく、地上で人々に守られてきたため保存状態が非常に良く、いろいろな情報がわかる世界でも例のないものです。
――当時紙が貴重だったから再利用したのでしょうか。
はい。正倉院文書を見ると、古代は素材を徹底して使い尽くしていたんだということがよく分かります。隙間があればそこに新たに書いているものもありますし、最終的にティッシュペーパー的な使い方をしたものもありました。
――今回出陳される文書はどのようなものがありますか。
最古の戸籍の一つとされる福岡・糸島半島の地域の702年の戸籍や、写経事業の予算計画書が出陳されます。戸籍は課税のための台帳なので、人名、続き柄、年齢、性別などが書かれています。動物の字が入った名前などもあり、当時の人名の数々を見るのも楽しいです。
ほかには、越前国司の管理する米の運用状況などが書かれた「続々修正倉院古文書(ぞくぞくしゅうしょうそういんこもんじょ) 第四十三帙第三巻」が初出陳となります。地方の税収不足を補填し、余りを国司の給料にするため、農民に貸し付けて利息を得るための稲「公廨稲(くがいとう)」についてです。倉での蓄積状況や国司への配分、輸送の状況などが記されており、地方の財政の具体的なあり方がわかる貴重な史料です。
――来場される方にはどのような思いで正倉院文書を見てもらいたいですか。
古代の文書は、比較的文字が崩れていないので読みやすい。無味乾燥な文字の羅列と考えず、どういうことが書いてあるのか考えながら読んでもらいたいです。正倉院文書は生の史料なので、活字化されたものからはわからないような情報がたくさん含まれています。例えばどのような紙を使っているのか、どういう気持ちや筆勢で書かれているのか、などです。訂正の痕跡などもあります。ぜひ会場でこのような細かい情報にも注意して見ていただければと思います。
――今年4月に宮内庁正倉院事務所長に就任されました。抱負は。
正倉院宝物をなるべく良い状態で後生に伝えるということがまずは基本です。一方で保存と反対の部分になりますが、宝物を公開して運用していくこともしっかりとやっていく必要があると考えています。ただ、運用していくとどうしても宝物に負担がかかるので、バランスをとったり、インターネットをうまく利用したりしながらやっていきたいと思います。
――来場者へのメッセージをお願いします。
正倉院宝物は、聖武天皇の遺愛の品を光明皇后が永久に保存しようということで、勅封という非常に特殊な管理態勢で残されてきたものです。制作から1300年近く経過しているので、宝物は非常に脆弱(ぜいじゃく)化しており、いつでも見られるというものではないですが、約2週間、正倉院展でご覧いただけるのは非常に希有(けう)な機会ですので、ぜひ直接ご覧いただきたいです。宝物の微妙な色の違い、細かい加工の痕跡など、現物を見ないとわからない情報が多くあると思います。
(インタビュー記事は2022年10月3日付読売新聞朝刊に掲載)