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2022年11月04日

伝承とサステナビリティー 特別対談:磯田道史氏×小河義美・ダイセル社長

【PR】第74回正倉院展 協賛記念 特別対談
伝承とサステナビリティー

人類の共有財産である宝物の数々に触れられる「第74回正倉院展」がいよいよ開幕した。今年も正倉院展に協賛する株式会社ダイセルの小河義美社長と、歴史学者で国際日本文化研究センター教授の磯田道史氏を迎え、「伝承とサステナビリティー」をテーマに時空を超えて、縦横無尽に語り合っていただいた。

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「知識や技術の継承で大切なのは共通の『体験』を伝えること」
小河 義美・ダイセル社長

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「日本の技術は有限性に気付いた世界への大きなヒントになる」
磯田 道史 氏

正倉院の宝物は
過去からの贈り物

小河 正倉院の宝物には古の職人たちの高度な技術が凝縮されています。これらの宝物が今日まで素晴らしい保存状態で伝承されていることには、ただつくって遺しただけではない大きな価値があります。正倉院という媒体を通じて、過去から現在、未来へとつながる大きなスケールと多様性の中で、我々が受け取れるものがたくさんある。まさに過去からのプレゼントだと感じます。

磯田 今回の正倉院展で注目しているのは、「伎楽面 力士(ぎがくめん りきし)」です。拙著『歴史とは靴である』で「着ぐるみの日本史」にも触れましたが、縄文・弥生からお面はありますが、直接、今の芸能につながるのは奈良時代の伎楽面。木彫りと漆塗りの超絶技巧が施されています。
もう一つは繊細かつ華やかな文様が施された「漆背金銀平脱八角鏡(しっぱいきんぎんへいだつのはっかくきょう)」です。後世になると、もっと簡単な「沈金」の技法で金銀を埋め込みますが、当時は高度な技術で、膨大な時間と資材・労力をかけてつくっていました。ですから、物自体に力が宿っている。物づくりでは、あまりに手間がかかりやめてしまった技術の「種」が、後に他の技術を生み出し、発想のもととなることがあります。

小河 当社では、針がない注射器をつくっていますが、これは自動車エアバッグ用インフレータの技術を応用した物です。私は技術の応用を「機能の意訳」と呼んでいますが、持っている技術の系譜をもとにひらめいて、それを横展開していくことが何より大切です。

磯田 技術は、森のごときもの。森は、何億年も生き抜いてきた粘菌から大きな生き物までが暮らす豊かで美しい世界です。正倉院の多彩な技術の集結は、様々なテクノロジーが混ざり合って調和した豊かな「技術体系の森」を形成しています。

時間と体験の共有が
技術の伝承に不可欠

磯田 一方で、技術の伝承は難しい。技術者の体内に暗黙知として宿っている。技術とはそういうものなので、物だけが残って技術が失われてしまったケースもあります。たとえば、日本刀には「映り」といって、備前長船の古刀などの地鉄に雲のように現れる模様を出す技術がありますが、絶えていました。最近、現代の日本刀の名匠が約500年ぶりに再現したんです。企業でもコストをかけずにうまく技術を維持、継承することに苦労されていると思います。

小河 企業でも技術者が退職すると、知識やノウハウが社内に残りません。当社では、世代交代や技能伝承などに対応するため、センシング技術や人工知能(AI)を活用してノウハウを顕在化させる「ダイセル式生産革新」を構築しています。このように知識や技術の継承に努めていますが、重要なのは共通の「体験」を伝えることです。ただノウハウを教えるだけでなく、同じ時間と場所を共有することが大切だと感じています。

磯田 詳しく教えられていなくても同じ時間を共有して、同じ空気を吸うだけで伝わるものがあります。
吉田松陰が松下村塾で教えた期間はわずか1年あまりですが、皆が松陰の熱気を吸ったせいか多くの逸材が輩出されました。共有するだけで若い人は「自分にもできる」と思えるのでしょう。

正倉院と宝物は
SDGsそのもの

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磯田 正倉院の建物素材は有機物です。それが現代まで遺っていることは、人の命は短くても長く続くものがある、という安心感と幸福感を人々にもたらしていると思います。

小河 まさに、正倉院はSDGsそのものですね。

磯田 日本は有限性の島であり、技術の島。自然と自分との関係を見つめて、取り尽くさない、汚し尽くさない、共に生きるというサステナブルな発想ができなければ日本列島では生きていけません。日本の技術は、有限性に気付きはじめた世界に対する大きなヒントになるのではないでしょうか。

小河 歴史を学ぶことは、日本がどのような形で生態系を維持してきたかを考えることでもあります。実はダイセル製品の半数は木材由来で、今後は木材素材をベースにした日本発の循環型社会の構築に取り組んでいきます。バイオマスの活用が未来の鍵を握っていると言えるでしょう。自然の摂理に沿い、SDGsに貢献しているという自負があれば、エコロジーとエコノミーは両立できるはずです。

磯田 社会ではサステナビリティーが重視され「今さえよければ」は、通用しなくなりつつあります。将来を見据え、何のためにその技術を使うのかが、きちんと考えられていることが大事となるでしょう。正倉院のように、その目的が人々の幸福につながっているかどうか、皆で知恵を出し合って、長い時間軸で考えるといいのではないでしょうか。

(2022年10月29日付読売新聞朝刊より掲載)


(プロフィール)

小河 義美(おがわ・よしみ)
株式会社ダイセル 代表取締役社長

1960年兵庫県生まれ。83年大阪大学基礎工学部化学工学科卒業後、ダイセルに入社。2019年より現職。90年代後半、次世代型化学工場構築プロジェクト推進室長として、素材産業における生産性向上手法である「ダイセル式生産革新」を考案した。

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磯田 道史(いそだ・みちふみ)
国際日本文化研究センター教授

1970年岡山県生まれ。歴史家。慶應義塾大学大学院文学研究科博士課程修了。2021年4月より現職。『武士の家計簿「加賀藩御算用者」の幕末維新』(新潮社)、『天災から日本史を読みなおす』(中央公論新社)、『無私の日本人』(文藝春秋)など著書多数。

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価値共創で社会と人々の幸せに貢献 100年続く大阪発祥の化学メーカー
株式会社ダイセルは1919年に、セルロイド製造会社8社が合併して誕生しました。「価値共創によって人々を幸せにする会社」を基本理念とし、「健康」「安全・安心」「便利・快適」「環境」をキーワードに、幅広い事業領域で有益な素材を提供しています。創業以来培ってきた植物由来セルロースの技術で、森林資源などを活用した新しいバイオマスプロダクトツリーの創出と、それを環境負荷の小さい方法で実現する革新的なプロセス技術の開発に注力し、カーボンニュートラル、循環型社会構築への貢献を目指しています。また、「ダイセル式生産革新」は、化学プラントにおける生産性を大幅に向上させた取り組みとして注目を集めています。

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株式会社ダイセルは、「第74回正倉院展」に協賛しています。