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【正倉院 聞き耳頭巾(ききみみ ずきん)】#1
正倉院に伝わる数多くの史料や宝物について正倉院文書研究会のみなさまにつづっていただきます。史料が語る内容に耳を澄ませてみましょう。
初回は宮内庁正倉院事務所杉本一樹・元所長です。
1枚の人物画がある。遊びの産物に違いないと思うが、奈良時代の「作品」だから大事にされている。原色版の優品図録や格調高い『正倉院の絵画』に収録され、マンガの歴史をテーマにした美術展でも紹介された。題して「大大論」。
昔、通説に叛旗を翻したことがある。ふつうは、目をむき、肩を怒らせた人物の戯画に、「大仰な議論...」と皮肉を込めたコメントを加えた、と解するが、その逆もアリでは?と考えたのだ。つまり、絵は、「大論」という文字ネームから湧き上がったインスピレーションの産物。身近でいつも「大いに論じる」誰かがモデルとなったためか、次第に描き手の興が乗ってくる。頭部が完成する頃には、周囲の人々も巻き込み、その筆を奪い取るように胴体や「大」を書き足す仲間もいた...。
この絵が描かれているのは、奈良時代(天平17年頃)の写経生が残した業務メモの余白である。「大」も「論」も、経典名に頻出する文字だ。仮に、このメモ書きに向かって「あなたは何者?」と問いかけたとしよう。「今は、正倉院文書と呼ばれている」と重々しい答えが返ってくるのではないか。日本古代史の研究者ほか、関係者からは絶大な支持を受ける、一大派閥のメンバーであったのだ。
正倉院展には、例年、この正倉院文書と聖語蔵経巻、あわせて10点ほどが展示される。文書と経巻とは、等しく紙に墨書したという以上の、密接なつながりがある。写経所で産み出された完成品(経巻)と、その製造過程の記録(文書)。両者は地続きの存在といえる。
このメモも、お経を写すために用意された専用紙(料紙という)の書き損じが利用されている。経巻・文書の境界領域にあるといえる。紙を薄黄色に染め、薄墨で行を整えるための界(罫線)を引く。文字が書かれる前の準備に、結構な手間がかかっている。お経を書き写す仕事は、さらに根気がいる。お手本通り、一字一句間違いなく...。戯画は、そんな緊張をしばし忘れさせる効き目があっただろう。
さて、仏教の教えを伝える経典。冒頭の字句としてしばしばお目にかかるものに「如是我聞(にょぜがもん)」がある。これは、お釈迦様の説かれた内容を、「このように私は聞いた」と、弟子たちの立場で記録したことを示す。それでは、宝物たちが語りあう囁きを「確かにこう聞いた」と受けとめられる「聞き耳頭巾」が、もしあったら...。宝物に接する機会を得たひとびとなら、誰もが欲しいと願うのではなかろうか。
最初に示した戯画の読み解きも、ある時、「そのように聞こえた」お話。かぶった頭巾の真贋すら確かめられないが、これをタイトルに借りて、しばらく連載を進めよう。
(元・宮内庁正倉院事務所長 杉本一樹)