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歴史を感じ、歴史から学ぶ 特別対談:磯田 道史氏×小河 義美・ダイセル社長
【PR】第75回正倉院展 協賛記念 特別対談
歴史を感じ、歴史から学ぶ
長い歴史とともに多くの人々から愛されてきた正倉院展が10月28日に開幕しました。
今年も歴史学者で国際日本文化研究センター教授の磯田道史氏をゲストにお迎えし、正倉院で活用された「木」をテーマに、木材の可能性や将来の展望について語り合いました。
「木」を活用した正倉院と宝物
奇跡の美空間は時を超えて
小河 正倉院の宝物を見るとタイムスリップしたように、当時の職人の息吹や時代の空気に一挙に引き込まれます。とても充実したひと時を過ごすことができるのです。
磯田 私は歴史学者として宮殿跡の発掘現場によく出向きますが、そこにあるのは礎石など無機物の世界です。一方、正倉院の中はまるで時間が止まったかのように有機物が焼けず、溶けず、分解されず、奇跡の空間として残っています。普通は時間の経過とともに色あせていくものですが、正倉院の宝物は風合いが美しく、まるで経年変化を見通して作られたかのよう。建造物としても校倉(あぜくら)造りの木組みの技術は素晴らしく、宝物にも木で作られたものがたくさんありますね。古文書の保存はセルロース(植物の茎や木材の主成分となる多糖類)を分解するシロアリとの戦いです。正倉院には害虫に比較的強いヒノキを用いて作られている宝物もあり、感慨深いです。
紀伊半島の森林と
平城京建造との関わり
小河 セルロース化学をベースとしてスタートした当社は木に造詣の深い会社です。正倉院の宝物が保存されてきた櫃(ひつ)には杉を使ったものが多くありますね。吸湿性が高いなど杉の特性を経験則としてわかっていたのでしょう。平城京が奈良県に置かれた背景にはヒノキや杉、広葉樹の森林地帯があるということが考えられます。
磯田 「大和(やまと)」は「山の戸」、すなわち「山の入り口部分である」という説があります。紀伊半島という巨大な森林地帯を抱えていることも、奈良に都が興(お)きた理由とされています。奈良は巨大な宮殿を造るために必要な太い構造材を調達するのに便利な地です。またサステナビリティという点では、お寺を建てると同時に森の維持も意識していました。「森を育てて、切る」という "土地のバイオマス" 、土地が持っている生命的な力、有機物を育む力に応じた利用を日本人はずっと行ってきたのですね。
小河 当社はセルロースを原料にセルロイドを作っていたのですが、時代とともにコストや成型性などの面で石油系樹脂が取って代わるようになりました。そこで我々は産学官連携で研究を推進する組織・バイオマスイノベーションセンターを開設し、木材の活用を考えているところです。樹木はある程度の年数がたつと二酸化炭素の吸収率が下がります。適度な新陳代謝ができるような健全な森林を維持するためには木材として使うことが必要です。
磯田 人口が一億人を超えた国で日本ほど森林面積比率が高い国は珍しいと思います。森を育て、守り、使う。森と一緒に暮らしていく関係、仕組みづくりが一層求められるでしょうね。ダイセルが森を活用したり、木に関する技術で社会と一緒に取り組まれている試みについてお聞かせいただけますか?
小河 石油由来の樹脂の代替です。当社と大学との共同研究による「木材を溶かす」技術により素材としての新たな可能性を見いだすことで、エコノミーな形でエコロジーが実現できます。さらには木材のジャンルだけではなく、玉ねぎの皮を溶かしてフィルムを作るなど、まだまだ新しい機能分野が出てくると思います。
磯田 木材は「千両役者」だと思うのです。色んなものに化けられる。そして「時間の魔術師」だとも言えるでしょう。加熱してもすぐに燃えず、水にもすぐには溶けません。直ちに変形、変質しない、しかし最後には分解拡散する。さらに、可塑(かそ)性があって、色んな素材を受け入れられる特性がありますね。正倉院の宝物を見ても、金や銀、螺鈿(らでん)、岩絵具と共存している。化学的には、木材の主成分であるセルロースは発見・解明されてから200年の物質です。しかし完全人工的に合成できるようになったのは平成に入ってから。化学工業的な活用の歴史は浅いけれども、木材は素材としての未来と可能性があり、ぜひ現代技術で生かしていただきたいです。
森林の再生と活用が
日本の未来をつくる
小河 当社は、森の木を石油化学原料の代替として積極的に利用しながら、CO₂を吸収しやすく、土壌の保水能力が高い健康な森を再生し、産業資源を循環させて地域経済を活性化させる「バイオマスバリューチェーン」の構築を目指しています。それは農業や漁業など一次産業から出た廃棄物を当社独自の技術で有効利用できないか、という考えから生まれました。うまく機能すると地域再生のきっかけとなり、さらには山や川、海の再生にもつながるというシナジー効果が期待されます。
磯田 森は生物の多様性を育み、海洋の生態系にも好循環をもたらしますね。
小河 生態系の保全も含め、我々はサステナブルな社会を目指しています。有機物の宝物を所蔵する正倉院は、持続可能な社会実現へのヒントとして化学メーカーとしても学ぶことが多い。選び抜かれた素晴らしい素材と技術のサンプルを見ているような気がしてならないのです。
(2023年10月28日付読売新聞朝刊より掲載)
(プロフィール)
磯田 道史(いそだ・みちふみ)
国際日本文化研究センター教授
1970年岡山県生まれ。歴史家。慶應義塾大学大学院文学研究科博士課程修了。2021年4月より現職。『武士の家計簿「加賀藩御算用者」の幕末維新』(新潮社)、『天災から日本史を読みなおす』(中央公論新社)、『無私の日本人』(文藝春秋)など著作多数。
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小河 義美(おがわ・よしみ)
株式会社ダイセル 代表取締役社長
1960年兵庫県生まれ。83年大阪大学基礎工学部化学工学科卒業後、ダイセルに入社。2019年より現職。90年代後半、次世代型化学工場構築プロジェクト推進室長として、素材産業における生産性向上手法である「ダイセル式生産革新」を考案した。
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価値共創で社会と人々の幸せに貢献
100年続く大阪発祥の化学メーカー
株式会社ダイセルは1919年に、セルロイド製造会社8社が合併して誕生しました。「価値共創によって人々を幸せにする会社」を基本理念とし、「健康」「安全・安心」「便利・快適」「環境」をキーワードに、幅広い事業領域で有益な素材を提供しています。創業以来培ってきた植物由来セルロースの技術で、森林資源などを活用した新しいバイオマスプロダクトツリーの創出と、それを環境負荷の小さい方法で実現する革新的なプロセス技術の開発に注力し、カーボンニュートラル、循環型社会構築への貢献を目指しています。また、「ダイセル式生産革新」は、化学プラントにおける生産性を大幅に向上させた取り組みとして注目を集めています。
株式会社ダイセルは、「第75回正倉院展」に協賛しています。