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第76回正倉院展の会場づくりをふりかえって
第76回正倉院展は、11月11日に閉幕を迎えました。本年も魅力あふれる宝物の数々が会場を彩り、心ゆたかになるひとときを過ごした17日間でした。
ところで、こうしたすばらしい宝物の魅力を展覧会でどのように伝えるか、ということは、博物館としてもっとも重要な課題です。今回の正倉院展でも、宮内庁正倉院事務所から出陳宝物の一覧を提示いただいた時点から、そのラインナップをもとに会場づくり構想がスタートしました。
まず、展示室の中で、出陳宝物をどのような順番で展示するかを検討しました。正倉院展で博物館が意識しているのは、個々の宝物の性格(正倉院に納められた経緯や用途など)を基準にして展示順を考えることです。正倉院宝物は木工、金工、染織...というように素材別に分けて紹介される場合もあります。ただ、多彩な正倉院宝物が織り成す世界を立体的に浮かび上がらせるには、個々の宝物の性格にもとづいて配置し、関係する宝物同士を有機的に結び付けて紹介するレイアウトが、より良いのではないかと考えています。今回は、正倉院の中核に位置づけられる「聖武天皇ゆかりの宝物」を会場の最初に展示して正倉院宝物のはじまりを紹介したあと、「調度品」、「楽舞関係の宝物」、「仏具」、「正倉院文書」、「聖語蔵経巻」と、それぞれのテーマに沿って宝物を展示するレイアウトになりました(写真1~6)。
また、展示レイアウトを考える中で1つの大きなポイントになるのが、会場のメインの場所にどの宝物を展示するか、ということです。正倉院展では、第1会場(東新館展示室)の中央に、そうした宝物を大きく空間をとって展示することがしばしばです。今回選んだのは、聖武天皇ご遺愛の品「紫地鳳形錦御軾(むらさきじおおとりがたにしきのおんしょく)」(北倉)です。天皇ご自身がお使いになったと考えられる格別の由緒をもつ宝物です。御軾の表面には堂々たる鳳凰文を織り出した錦が貼られ、空間の中心を占めるにいかにもふさわしい存在です。それに加えて、宮内庁正倉院事務所が最近完成させ、報道でも紹介された御軾の再現模造も併せて出陳され、話題性が高いことも決め手になりました。ここにTOPPANが制作した御軾の展示映像も並び、会場の中でも一際華やかな空間が現出したと感じています(写真7)。
なお、このように宝物と再現模造が並んで展示されることも、今回の大きな特徴でした。御軾のほか、「碧瑠璃小尺・黄瑠璃小尺(へきるりのしょうしゃく、きるりのしょうしゃく)」(中倉)や「深緑瑠璃魚形(ふかみどりるりのうおがた)」(中倉)などのガラスの宝物の再現模造も出陳されました。これらを通じて、奈良時代当初の宝物の輝きを感じていただくことができたのではないでしょうか。
個々の宝物を、どの向きで、どのように展示するかも、宝物の魅力を伝える上で重要なポイントになってきます。今回、展示にこだわった宝物の1つが「紅牙撥鏤尺(こうげばちるのしゃく)」(中倉)です。この宝物は、表裏両面だけでなく、両側面にも文様が表されています。これらのすべてを見ていただけるようにするため、文様をなるべく隠さないようにしつつ、宝物を垂直に立てて展示できるような展示具を、関係者と相談しながら作りました。もちろん、安全に展示することが第一義ですが、その中で宝物の魅力を際立たせるような展示方法を考えるのは、難しいながらも楽しい作業です。また、今回のポスターのメインビジュアルにもなった「黄金瑠璃鈿背十二稜鏡(おうごんるりでんはいのじゅうにりょうきょう)」(南倉)は、くもりガラス風の質感のアクリルカバーを被せたミラーの上に安置することで、照明の光が柔らかく宝物を包み込むような効果を生み、七宝釉の輝きが美しく映えました。一方で、会期中に展示をご覧になった方から、「あの宝物の裏側を見られるようにして欲しかった」といった貴重なご意見もいただき、これを踏まえて、次の展覧会ではもっと良い展示を目指そうと意気込んでいるところです。
ここで紹介したことはほんの一部ですが、こんな具合に、魅力あふれる宝物に対する博物館の思いを、正倉院展の展示会場のさまざまなところに注ぎ込みました。今回、展示をご覧くださった方にも、ご覧いただけなかった方にも、今後の展覧会を楽しみにしていただきたいと願っています。
(三本周作/奈良国立博物館主任研究員)