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2025年11月21日

悠久の輝き(前編)

「第77回正倉院展」に出展されている珠玉の宝物の魅力を、奈良国立博物館の研究員が紹介します。

精緻な技 花鳥生き生き

◆木画紫檀双六局(もくがしたんのすごろくきょく)(縦54.3cm、横31cm、高さ16.7cm)

木画と呼ばれる精緻(せいち)な寄せ木細工の技法を駆使し、華麗な装飾が施された双六(すごろく)盤。聖武天皇の遺愛品を東大寺大仏に捧(ささ)げた際の目録「国家珍宝帳」に記載される宝物だ。

双六の起源は古代エジプトにさかのぼるとされ、様々に形を変えて各地に広まった。双六といっても現在の絵双六とは異なり、盤上に複数の駒を並べてさいころを振り、出た目の数だけ相手の陣地内に駒を進めるゲームである。古代の日本では双六が賭け事として広まったため、禁止令が出されており、以降再三にわたり禁止されたことからも流行のほどがうかがえる。

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本品は長方形の盤面の四周に立ち上がりをめぐらし、盤の下に床脚が付く。盤面は芯材(材種不明)の上に外来のシタンの薄板を貼り、長辺側の中央には象牙で三日月形を表す。その左右に六つずつ木画で花文を表し、短辺側の中央にも花文を一つ表して駒を配する位置を示している。

立ち上がりと床脚の外面を飾る、花唐草の間を鳥が生き生きと飛び交うモチーフもみどころだ。木画にはシタン、コクタン、ツゲ、象牙、緑色に染めた鹿の角、竹などが用いられ、高貴な素材と高度な技術が結実している。天皇ゆかりにふさわしい品格を誇る逸品といえよう。

奈良国立博物館美術工芸室長 山口隆介
(2025年11月1日付 読売新聞奈良県版掲載)

天下の名香 信長とりこ

◆黄熟香(おうじゅくこう)(長さ156cm、重さ11.6kg)

この香木は「蘭奢待(らんじゃたい)」という名前のほうがよく知られているだろう。蘭奢待とは、東大寺の3文字を隠した雅名で、中世には天下の名香と称されていた。

時の権力者たちが切り取ったことが知られ、中でも天正2年(1574年)の織田信長による切り取りのエピソードが有名である。

信長は、このためにわざわざ奈良まで足を運び、勅使(ちょくし)(天皇の代理)を招いて正倉院の扉の封を解かせ、外に運び出させたという。今日まで続く、勅許(ちょっきょ)(天皇の許可)がなければ倉を開封できない「勅封(ちょくふう)」という正倉院の厳重な管理制度が、多くの宝物を守り伝えてきたことを、今日に伝えるエピソードでもある。

さて、信長のような時の権力者でなければ、正倉院から取り出すことも切り取ることも出来なかった蘭奢待の香りとは、いかなるものなのか。

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昨年から行われた学術的調査によって、樹種は、「沈香(じんこう)」という香木に近いものであることが明らかになった。さらに香りの成分は「ラブダナム」という香料に近いものだという。

正倉院展では蘭奢待の香りの展示はないが、お香に詳しい人なら、近い香りをイメージ出来るかもしれない。その高貴な香りをイメージしながらご覧いただきたい。

奈良国立博物館教育室長 岩井共二
(2025年11月2日付 読売新聞奈良県版掲載)

野生の力強さ表す珍品

◆馴鹿角(となかいのつの)(前枝曲長86cm、後枝曲長61.5cm) 

今回はいっぷう変わった宝物をご紹介しよう。こちらはシカ科の動物の角。正倉院といえば、きらびやかな調度品がまず思い浮かぶかもしれないが、こちらも正真正銘、宝物の一員である。大きく二股にわかれ、その一方がさらに先の方で分岐する、なんとも雄大で力強い姿。角の根もとには頭蓋骨の一部が残っており、自然の落角でなく、人為的に切断されたものとわかる。

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なぜこうした角が正倉院に伝わったのか。その経緯は不明だが、工芸品の材料としてストックされたか、観賞用の珍品として入手されたのかもしれない。

ところで、最近、宮内庁正倉院事務所による調査で新たな事実が明らかになった。この宝物は明治期以来、「馴鹿角(となかいのつの)」という名称のもと管理されているが、実は同じシカ科でも、トナカイではなく、シフゾウという動物の角であると特定されたのである。シフゾウはかつて中国東部を中心に生息したが、古くに野生のものは絶滅したとされる。

1865年に北京郊外で飼育されていたものが英国で繁殖され、今日では中国で野生復帰が図られているという。日本にも飼育されている動物園があるので、会いに出かけてみてはいかがだろうか。

正倉院宝物の多彩さ、そして調べればまだまだ新発見がある奥深さを実感させてくれる、今回注目の宝物といえるだろう。

奈良国立博物館主任研究員 三本周作
(2025年11月3日付 読売新聞奈良県版掲載)