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2026年11月05日

悠久の輝き(前編)

「第78回正倉院展」に出展されている珠玉の宝物の魅力を、奈良国立博物館の研究員が紹介します。

銀の装飾文様 高貴さ漂う

◆漆胡瓶(しっこへい)(縦41.3cm、胴径18.9cm)

 聖武天皇が生前、身近に置いて大切にされていたという水差し。高さ41センチもの大きさに加え、丸々と膨らんだ胴、長く伸びた頸(くび)、緩やかに裾を開く丈高の台脚などが、この品に天皇の所持品にふさわしい風格を備えさせている。

「漆胡瓶(しっこへい)」は「漆塗りの胡瓶」という意味を表す。「胡瓶」とは中国・唐から見て西方のスタイルで作られた水差しのことで、これを東アジアの漆塗りの技術を用いて作ったのであるから、まさに東西文化の融合が生み出した造形といえる。

漆胡瓶の最大の見どころは、漆塗りの表面に凝らされた華やかな銀の装飾文様であろう。これらは銀の絵の具で描かれたものではなく、個々の文様の形に切り抜いた銀板を貼り付けた「平脱(へいだつ)」の技法によっている。蓋から頸、胴、台脚に至るまで、一面に草花の中で動物たちが戯れる楽園のような情景が繰り広げられる。

こうした装飾文様は、唐の皇帝や貴族たちを中心に愛玩された金銀器にもしばしば見られるもので、オシドリやつがいの鹿など吉祥的なモチーフが多く含まれていることも、漆胡瓶の製作の契機が唐の宮廷の慶事に関わるものだったことを想像させる。

聖武天皇は、この唐の一級の工芸品を同国の宮廷の特別な計らいにより入手されたのであろうか。

奈良国立博物館主任研究員 三本周作
(2026年10月31日付 読売新聞奈良県版掲載)

碁石の鳥 唐より飛来

◆紅牙撥鏤碁子(こうげばちるのきし)(径1.5~1.7cm、厚さ0.7~0.8cm)
◆紺牙撥鏤碁子(こんげばちるのきし)(径1.6~1.7cm、厚さ0.6~0.7cm)

鮮やかな赤と深い紺に可憐(かれん)な鳥の文様が映えるこの宝物は、聖武天皇ゆかりの碁石である。奈良時代、囲碁は貴族の教養の一つで、正倉院には碁盤や碁石を収めた容器なども伝わっている。

本品は象牙製で、名称にある撥鏤(ばちる)とは、象牙を染料で染め、表面を彫ることで象牙本来の白色を出して文様を表す技法のことをいう。さらに彫った部分に彩色を施す場合もあり、本品には紅牙に緑と黄、紺牙に赤と黄を点じて彩りを添えている。

紅牙撥鏤碁子

紺牙撥鏤碁子

よく見ると、紅牙と紺牙にはそれぞれ種類の異なる鳥が彫られており、紅牙にはヤツガシラ、紺牙にはカモが花枝をくわえた姿で表現されている。このような文様を花喰鳥(はなくいどり)と呼び、リボンや綬帯(じゅたい)をくわえた鳥の文様とまとめて咋鳥文(さくちょうもん)という。これらは正倉院宝物中にしばしば登場し、中国・唐時代に流行した。サーサーン朝ペルシアにも同様の文様がみられ、シルクロードを通じて唐の人々の目にも触れたであろう。

今年は紅牙・紺牙各10枚が出陳されており、鳥のそばに蝶(ちょう)があしらわれているものもある。碁石の大きさはわずか1.5センチほど。熟練の職人が技巧を凝らして製作した、まさに聖武天皇にふさわしい碁石といえよう。ぜひ単眼鏡を手にじっくりとご覧いただきたい。

奈良国立博物館アソシエイトフェロー 羽良朝風
(2026年11月1日付 読売新聞奈良県版掲載)

異国への憧れ 映し出す

◆鳥獣花背方鏡(ちょうじゅうかはいのほうきょう)(辺長17.1cm、縁厚1.6cm、重さ1934.1g)  

私たちの生活に欠かせない鏡。古来、東アジアではハンディサイズの青銅(銅と錫(すず)の合金)製円板が一般的であった。片面をピカピカに磨いて姿を映せるようにし、もう一方は当時好まれた様々な模様で飾った。私が持っている手鏡の裏側には今流行(はや)りのキャラクターや柄があしらわれており、これとよく似ている。

奈良の飛鳥・藤原に国の中心があった頃、中国の唐では、獅子に似た獣がブドウの蔓(つる)の中で遊ぶ様子をデザインした鏡が大流行した(研究者により、海獣葡萄鏡(かいじゅうぶどうきょう)と呼ばれてきた)。

西アジアを原産とするブドウは唐の人々にとってシルクロードを通って運ばれるエキゾチックな果物だったのだろうし、生き生きとした動きで茶目っ気たっぷりに表された獣は愛らしくもある。人気が出るのもうなずける。

海獣葡萄鏡は周辺の国々にも数多く運ばれ、正倉院にも4面が伝わる。そのうち方形のものが1面あり、非常に珍しい。実は中国でもほとんど見つかっていないレアな鏡である。この鏡は模様の立体感が抜群で、唐の優れた技術者が気合を入れて制作したことが想像される。白っぽい色味も良質の青銅鏡の証である。

今回は12年ぶりの出陳。古代の人々の心をときめかせたであろう希少な<美鏡>をぜひご覧いただきたい。

奈良国立博物館広報室長 中川あや
(2026年11月2日付 読売新聞奈良県版掲載)