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2022年07月25日

【正倉院 モノ語り・コト語り】盗まれた鏡

「平螺鈿背鏡(へいらでんはいきょう)」は固有名詞ではなく、背面を螺鈿(らでん)で飾った鏡を意味し、正倉院には9面が伝わる。

顔を映す鏡面は銅に錫と鉛を混ぜた青銅合金。裏には謎の黒い樹脂の地に螺鈿や琥珀(こはく)、玳瑁(たいまい)などで文様を表わし、間地にはトルコ石やラピスラズリを砕いて散りばめる。

平螺鈿背円鏡 第11号(鏡背部分)

平螺鈿背円鏡 第11号(鏡背部分)

鋳物(いもの)の銅板の裏にベッタリと樹脂を塗り、宝石をちりばめたというと分かり易い。

ラピスラズリはアフガニスタン、トルコ石はイラン、琥珀はミャンマー、螺鈿や玳瑁は南海の産物。これらの材料を集めることができたのは広範な交易圏を有した中国・唐であろう。鏡体の合金も伝統的な中国鏡の組成に等しく、この鏡一つ見ても正倉院宝物の国際性の豊かさがうかがえる。

平螺鈿背鏡はその豪華さが災いし、鎌倉時代に5面が盗まれた。すぐに犯人は捕らえられたが、鏡体を銀と勘違いして地金にして売ろうとしたのか、売れなかった腹いせなのか、鏡はすべて割られていた。

平螺鈿背円鏡 第9号(鏡背)

平螺鈿背円鏡 第9号(鏡背)

同(鏡面

同(鏡面)

いずれも割れたまま正倉に戻り、明治時代に修理された。金属製の鏡体の不足分を銀で補い、割れた箇所を銀の鎹(かすがい)で繋ぎ、鏡背の失われた装飾は新たに同材を補うという超絶技巧で復元されている。

鏡背の装飾は何事もなかったかのように復元修理されているが、鏡面には痛々しい痕が残る。

(前・宮内庁正倉院事務所長 西川明彦)

前回のコラム:
【正倉院 モノ語り・コト語り】正倉院と東大寺献物帳