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2022年09月28日
【正倉院 モノ語り・コト語り】蘭奢待と全浅香
正倉院ファンでなくともその名が知られる名香「蘭奢待」(らんじゃたい)。この名は「東」「大」「寺」の三文字をしのばせた雅名で、正式には「黄熟香」(おうじゅくこう)という。
また、知名度では蘭奢待にはおよばないが、正倉院にはもう一つ「全浅香」(ぜんせんこう)という香木が伝わり、こちらも「紅塵香」(こうじんこう)という雅名がある。国家珍宝帳に記された由緒正しい品で、象牙製の付札に天平勝宝5年(753)3月29日に仁王会の法要で用いられたことが記されている。
いずれも沈香の一種で、全浅香は幹、蘭奢待は根の部分という説もある。また、全浅香は樹脂分が少なく水に浮くことから「沈香」ではなく「浅香」という。
ところで、蘭奢待を有名にした出来事は織田信長が切り取ったことであろう。ただし、東大寺に押しかけて無理やり切り取ったような印象を持たれているが、実はきちんと手続きを踏んでいる。確かにいきなり使者を東大寺に遣わすが、天皇の許しがないと勅封を解くことができないと断られる。するとその4日後には自ら京より勅使をともなって奈良まで赴き事に及んでおり、そのスピード感は信長ならではといえよう。
そして、立ち去る前には全浅香についても大切にするようにと、言い残している。
あの信長でさえ勅封管理を受け入れており、その実効性の高さをもの語っている。
さて、今年の正倉院展では全浅香が14年ぶりに展示される。ただの丸太には非ず! とくと御覧じろ。
(前・宮内庁正倉院事務所長 西川明彦)
前回のコラム:
【正倉院 モノ語り・コト語り】割れた鏡