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2023年02月02日
【正倉院 モノ語り・コト語り】撥鏤尺(ばちるのしゃく)
正倉院には象牙製の「ものさし」、白牙尺が4枚と撥鏤尺が8枚伝わる。
白牙尺は寸・分の目盛りが正確に刻まれており、実用品として使うことができる。いっぽう撥鏤尺は象牙をいったん赤や青に染めたのちに、寸単位の大まかな区画と吉祥文様を表わした装飾性の高いもので、計測には不向きなものである。
撥鏤尺は2月2日に執り行われていた長さを司る儀式で使うためのもので、正確な目盛りはない。いずれの尺も中国・唐から取り入れた尺度の1尺(約30cm)の長さに近い。
ところで、これら正倉院の尺について、鎌倉時代の点検目録に「象牙尺 八十一枚」と記されているとし、本来は81枚あったが大量に持ち出されたというセンセーショナルな内容の著述が発表された。
戦後から続く現体制において、宝物の流出といった不祥事は起こっていないが、確かにそれ以前にあった醜聞をいくつか耳にする。
しかし、先の鎌倉時代の目録には正しくは「象牙尺八 一隻」と記されており、象牙で作られた楽器の「尺八」一管を意味する記載であることがわかる。
いったん疑いを持ちはじめると、すべて怪しく見えてしまうのかもしれないが、丹念に捜査をしなければ、冤罪を生み出してしまうことになる。
モノゴトを計る「ものさし」は正確でなければならない。
(前・宮内庁正倉院事務所長 西川明彦)
前回のコラム:
【正倉院 モノ語り・コト語り】漆胡瓶(しっこへい)