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2022年11月14日

悠久の輝き(前編)

「第74回正倉院展」に出展されている宝物について、奈良国立博物館の研究員が考察をまじえ、その魅力について解説します。まずは前編です。

黒地に金銀 星空のよう

◆漆背金銀平脱八角鏡(しっぱいきんぎんへいだつのはっかくきょう)(直径28.5cm、縁厚0.6cm)

今年も正倉院展の季節が巡ってきた。連載の冒頭を飾るのは、「漆背金銀平脱八角鏡」。正倉院に納められた聖武天皇ゆかりの鏡のうちの一面だ。宝物名をかみ砕くと、鏡の裏面に黒色の漆を塗り、その上を金銀の模様で飾った花形の鏡、といったところか。鏡の本体は青銅(銅と錫〈すず〉の合金)製で、写真とは逆の面をピカピカに磨くことで姿見として用いた。

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実は、この鏡の裏面に施された装飾はかなり複雑だ。まず、全面に漆を塗り、鳥や花などの形に切った金、銀の薄い板を載せる。さらに、漆をもう一度全面に塗り、金銀の模様を覆う漆膜を一つ一つはがして仕上げる。この技術は、中国・唐で流行し、箱や楽器などにも採用されている。この鏡も中国製の可能性が高く、名匠の手によるとみられるが、なんと手間のかかる装飾なのだろう......と同情の念が湧いてしまう。

正倉院展の準備の過程で、この鏡を間近で観察する機会を得たのだが、このような思いを払拭(ふっしょく)するような感慨を覚えた。黒地に金銀という配色が、写真で見る以上に心をつかむものだったのだ。しっとりとした光沢を放つ黒漆の地に、シャープで繊細な金銀の模様が浮かび上がるさまは、まるで漆黒の夜空にちりばめられた星座のよう......。このコントラストが生み出す魅力を追求したのか、と合点がいった。

聖武天皇や光明皇后の心もつかんだであろう花形の小宇宙。皆様も、ぜひ会場でじっくりご覧ください。

奈良国立博物館企画室長 中川あや
(2022年11月5日付読売新聞奈良版より掲載)

光る羽毛 精緻な飾り具

◆彩絵水鳥形(さいえのみずどりがた)(長さ2.6cm、厚さ0.2cm)

飛翔(ひしょう)する鳥をかたどったこちらの品は、大きさ3センチ弱、厚さ2ミリと非常に小さいながらも、手の込んだ精緻(せいち)な細工が魅力。翼などにみられる青い光沢は、ここに貼り付けられた実際の鳥の羽毛によるものである。

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ヒノキ材の薄板を鳥形に切り抜いて緑青などの顔料で彩色を施し、白、青、黒の縞(しま)模様が美しいカケスの羽毛を貼り並べる。縞模様に沿って蒔(ま)かれた金箔(きんぱく)の小片が華を添えている。何らかの飾り具であったと思われ、一説には衣服に取り付けられていたとされるが、実のところは不明である。

本品は「彩絵水鳥形」という名称のとおり、かつては水鳥の姿を表したものとされていたが、細長い嘴(くちばし)や頭の冠羽(かんう)、翼の縞模様の特徴から、現在はヤツガシラであると考えられている。ヤツガシラはユーラシア大陸とアフリカ大陸に分布し、日本においてはごくまれに飛来するのみでほとんど観測されない旅鳥である。

それにもかかわらず、正倉院にはヤツガシラの文様を表した宝物が多く見られる。これは奈良時代に中国・唐より入手した文物から装飾的なその図像を取り入れたためであろう。今回出展されているいくつかの宝物もヤツガシラの文様で飾られている。

当時の人は、丁寧に作り込まれた愛らしいこの品で、どのようなものを飾っていたのだろうか。実物をご覧の上、それぞれに想像してみていただければ幸いである。

奈良国立博物館研究員 松井美樹
(2022年11月6日付読売新聞奈良版より掲載)

仏堂を飾った黄金の花

◆蓮花残欠(れんげざんけつ)(直径33cm、総高30㎝) 

池に咲く蓮(はす)をかたどった逸品で、仏堂の内部を飾った荘厳具、あるいは仏前に捧(ささ)げられた供養具と考えられる。

蓮華残欠縮小.jpgのサムネイル画像

ホオの一材を刳(く)り貫(ぬ)いて池を作り、その周囲に岩石をかたどった別製の堤をめぐらし、池の中央には十字形の洲浜を作り出して、そこから茎を伸ばす蓮をあらわしている。枝分かれした茎は金銅製で、先端に木製の蓮花、蕾(つぼみ)、蓮の葉を取り付ける。蓮花、蕾、巻葉には金箔(きんぱく)、開いた葉と萼(がく)には銀箔を貼っており、贅(ぜい)を尽くした特別な品であることがわかる。

堤は赤、緑、茶、銀色で彩色を施し、洲浜には金箔を貼る。池の底には淡緑色を塗った上に白砂を敷き、ナデシコガイ、ウメノハナガイ、イワカワチグサガイといった近海で採集されたとみられる貝殻を散らすなど、細部にまで趣向を凝らしている。

正倉院には本品の底面の外形と一致する痕跡を残し、固定用の釘孔(くぎあな)の位置も一致する天板らしき八角形の板が伝わり、またこの板に付属した床脚と思われる部材が残ることから、本来は台に載せていたようだ。

さらに本品のような飾りを載せた台の天板が残ったものとみられる「六角几甲板(ろっかくきのこういた)」(本展出品中)に「七茎金銅花座/天平勝寳四年四月九日」の墨書がある。蘇芳地六角几(すおうじのろっかくき)(中倉)にも共通する墨書が残ることから、本品も大仏開眼会で用いられた可能性が高い。開眼会に際して、台に載せられた金銅製の造花がいくつも安置された、華やかな様子が想像される。

奈良国立博物館主任研究員 山口隆介
(2022年11月7日付読売新聞奈良版より掲載)

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