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悠久の輝き(後編)
「第74回正倉院展」に出展されている宝物について、奈良国立博物館の研究員が考察をまじえ、その魅力について解説します。今回は後編です。
鋭く力強い まるで武具
◆鉄三鈷(てつのさんこ)(長さ28.8cm、幅11.3cm)
正倉院の南倉に伝わった鉄製の密教法具で、両端に三叉(さんさ)の鈷をもつことから、金剛杵(こんごうしょ)のひとつ、三鈷杵(さんこしょ)に分類される品である。金剛杵は古代インドの武器を祖形とする法具であり、一見武器のようにも見える。本品の鈷は鏃(やじり)形に表し、先端は鋭く尖(とが)って逆刺し(かえし)をつけている。把(つか)(持ち手)は断面が六角形をなし、2本1組の線で3か所をくくっている。
このような形式の三鈷杵は、平安時代に空海によって体系的な密教が伝えられる以前に我が国で受容されていた密教(空海による密教と区別して古密教〈こみっきょう〉という)の儀礼で用いられたと考えられている。古密教の三鈷杵の遺品は少なく、確認されているものだけで10口しかない。そのほとんどが出土品であるが、正倉院に伝わる三鈷杵は伝世品として今日に伝わった。そのため、制作当初の面影を完全に留めている。
密教法具の多くは、金銅製(銅で作って鍍金〈ときん〉を施す)だが、本品は刀剣と同じ製法である鉄鍛造製と指摘されており、より武器としての意味が込められて作られたと考えられる。現存する類例の中で最も力強く勇ましい作風を示し、鈷から放たれる銀色の輝きは見る者を圧倒している。
さらに本品には、サクラの一枚板を彫りくぼめて作られた収納箱「素木三鈷箱(しらきさんこのはこ)」が付属している。この箱は非常に不思議な形をしている。鉄三鈷とともに、ぜひともご覧いただきたい。
奈良国立博物館研究員 伊藤旭人
(2022年11月8日付読売新聞奈良版より掲載)
織物語る 保存への情熱
◆錦繍綾絁等雑帳(にしきしゅうあやあしぎぬなどざっちょう)(縦20.5cm、横25.5cmほか)
正倉院展と言えば、色鮮やかに残された古代の織物を楽しみにしておられる方も多いだろう。今回の正倉院展では、かつて「東大寺屏風(びょうぶ)」という作品に貼り込まれていた数々の染織品が展示されている。
東大寺屏風は、江戸時代の天保4~7年(1833~36年)にかけて行われた正倉院宝庫のご開封に関連して制作されたもので、唐櫃(からびつ)に納められていた織物の断片を分類・整理し、屏風としてまとめたものである。なかには、聖武天皇の一周忌斎会(757年)で用いられた錦道場幡の一部など、奈良時代を代表する染織品も貼り込まれている。
古代の織物は見た目に綺麗(きれい)でも、触れば崩れてしまうような場合が少なくない。このため、文化財の保護が本格的に行われるようになった当初から、その保存には心が配られてきた。
東大寺屏風の制作は、正倉院の染織品に対して加えられた初の本格的な整理事業として、画期的な意味を持つものであった。この時に採用された方法は、明治時代以降の宝物整理にも引き継がれ、かたちを変えながらも、今日の修理事業にまでその意思は継承されている。崩れゆく織物に繊細な修理の手を加え後世に残すという弛(たゆ)みない努力は、正倉院事務所の底力とも言えるだろう。
東大寺屏風の染織品は、昭和の修理によって再び屏風から剥がされ、今はよりよい保存環境として一面ずつマットに装丁されている。もはや屏風としての姿を見ることはできないが、宝物の保存に情熱をかけた先人の努力を垣間見ていただければ幸いである。
奈良国立博物館主任研究員 三田覚之
(2022年11月9日付読売新聞奈良版より掲載)