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2023年08月03日
【正倉院 モノ語り・コト語り】正倉院の箱
本来、箱は中に収めるものが主役で、箱自体は脇役のはずである。しかし、正倉院の箱には象牙や水晶などを用いて豪華な装飾が施されたものや、派手さはないが貴重な香木を表面に貼って芳香を放つようなものもある。また、そのような輸入材料を使わず、さまざまな絵具で高級な材料に似せて描いたようなものもある。
正倉院に伝わる箱の多くは大仏開眼会をはじめとする東大寺の法要に際し、お供え物を入れたり、僧侶が仏教儀礼で使う法具を収めたりしたものである。
箱の意匠はいわばセレモニーの際に人が身につける衣装にたとえられる。高級ブランド品や香水を振り撒いた高価なものもあるが、儀式や参列者の格、あるいは経済的な事情によってはファストファッションで済ます場合もあったのだろう。
とはいえハイクラスでなくても「見えない部分にもこだわるのがお洒落なのよ」といった具合に作者は手を抜くことなく、箱の下面や内面にも意匠を凝らす。もしかすると儀式で捧げ持つ場面があり、その際に下面が参列者から見えたり、蓋を開ける所作があって、中が見えたりしたのかもしれない。
また、如意や錫杖、三鈷などの法具を収める箱は装飾こそ控え目であるが、中に収めるものの形状に合わせたような形に作ることがある。おそらく、儀式が始まる前からその場所にセッティングされ、儀礼の舗設(しつらい)にも意味を持ち、箱の中身を知らしめる必要があったのだろう。そうでなければ手の込んだ形に作る必要はなく、作りやすい四角い箱を作って収めておけば事済むはずである。
(前・宮内庁正倉院事務所長 西川明彦)