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【正倉院 モノ語り・コト語り】天平のバンドマン-布作面
麻布に墨で顔を描き、頬や唇、それに耳などに赤色を施した略式の面。
正倉院にはこのような面が32枚伝わり、そのうち一枚だけ女性を表わすが、それ以外はすべて髭をたくわえた胡人(ペルシア人)の相貌を描く。
方形のものが多いが、下辺を丸くしたものや、袖の付いた奴凧のようなものもある。いずれも面の両端に着いている紐を頭の後に回して結び、下方を襟の中に入れて着用し、頭には幞頭や冠を被った。
顔を左右に引きのばしたり、実際の顔より大きく描いたりしているが、側面にまわして顔を覆うと違和感はなくなる。
奈良時代の文献に唐中楽の用具として「布作面」の名が見えるが詳しいことは分かっていない。ちなみに、いまに伝わる舞楽には布作面を図案化したような相貌を布地に描いた安摩(あま)や蘇利古(そりこ)などの蔵面(雑面)(ぞうめん)というのがあり、あの「千と千尋の神隠し」にも登場する。
目の孔は、瞳のみ開けるもの、目の輪郭に沿って大きく開けるもの、目の下に細長く開けるものなど一定していない。また、口元に縦方向の切れ込みがあるものや、口元を外して向かって左側に縦の切れ込みのあるもの、あるいは切れ込みのないものなどさまざまである。
おそらく、口元の切れ込みには縦笛や笙の吹口を、口の横にある切れ込みには横笛の吹口を内側に差し入れるために開けられたものだろう。切り込みのないものは琵琶やパーカションの担当者が着用したのかもしれない。
目の位置や担当する楽器に応じて実際に演奏する人が切り目を入れたものと思われる。また、描かれた相貌も拙い戯れ描きのようで、プロの絵描きではなく演奏者が自ら描いたのかもしれない。
つまり、布作面は楽人が外国人に扮した、いわばコスプレ衣装で、それを被って楽曲を奏でたのである。いまも仮面を着けたり、狼になりきったりして顔出ししないミュージシャンがいるが、布作面を被った天平バンドはその先駆けといえる。
(前・宮内庁正倉院事務所長 西川明彦)
前回のコラム:
【正倉院 モノ語り・コト語り】正倉院の箱