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【正倉院 モノ語り・コト語り】星とスッポン-青斑石鼈合子
青斑石(せいはんせき)は青あるいは緑味を帯びた石で、蛇のような縞模様がみえることから蛇紋岩(じゃもんがん)とも呼ばれる。それを鼈(べつ)すなわちスッポンにかたどり、その腹部を八稜形に刳り込んで同形の小皿を収めた手のひらサイズの容器である。
この時代には珍しい動物の写実彫刻で、滑石化して崩れやすい石材をある程度のデフォルメを加えつつもスッポンの生態的な特徴を巧みに捉えて表している。亀の専門家に調査を依頼したところ、その写実性の高さによって、日本および中国大陸、朝鮮半島、北ベトナムに生息するシナスッポンを表しているという鑑定結果が得られた。
特筆すべきは甲羅に金と銀で北斗七星が表されていることであるが、よく見ると実際の星座とは反転していることに気づく。これは甲羅を天空になぞらえたという説があり、われわれは天上界から星座を見下ろしていることになる。
なお、奈良時代に元号が「和銅」から「霊亀」に改められるのは背に七星を背負っためずらしい亀が見つかったことによるが、本品との関連は分からない。
両目にはミャンマーないし中国の雲南辺りから産出する真紅の琥碧を嵌め、本来は顔や体には金箔や朱で文様が描かれていた。残念ながら今は彩色の痕跡をわずかにとどめるのみで、どのような絵柄かはわからない。また、甲羅など表面は磨かれ、さらに何かを塗布して艶を出している。
かつてこの宝物を顕微鏡で覗いた時に、蛇紋岩の岩肌は透明で、その奥にさまざまな鉱物質のものが星のようにキラキラと光って見え、あたかも自分が銀河に漂っているような錯覚に陥った記憶がある。
確かにこの小さなスッポンには大宇宙が内包されているのかもしれない。
(前・宮内庁正倉院事務所長 西川明彦)
前回のコラム:
【正倉院 モノ語り・コト語り】刀筆の吏