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2023年11月07日

【正倉院 モノ語り・コト語り】刀筆の吏

刀子は紙や布を切ったり、文字を摺り消したり、木簡を削ったりするのに使う、今のカッターナイフのような文房具である。私のような小役人のことを「刀筆の吏」と呼ぶのはこれに由来する。

正倉院には刃渡りが約16センチメートルのものから約2センチメートルの極めて小さなものまで、55点の刀子が伝わる。2本1組で1点と数えるものや、3本あるいは10本が1つの鞘に収まるものも1点と数えるので、刀身の本数だけを数えると87本にのぼる。

その中には刀子だけでなく鑢(やすり)、鑽(きり)、鋸(のこぎり)のほか鉇(やりがんな)など、木工道具のミニチュアのようなものがあるが、いずれも実際に使用できる。

献物帳に記載された来歴の明らかなものは5点であるが、そのほかにも付属する木牌の墨書銘から聖武天皇の夫人、橘夫人が献納したものなど、大仏開眼会はじめ東大寺の法要の際に奉納された品もいくつか含まれる。

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斑犀把漆鞘黄金葛形珠玉荘刀子 第3号

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犀角把白銀葛形鞘珠玉荘刀子 第7号
(木牌に「橘夫人奉物」の墨書)

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黄楊木把鞘刀子

腰に巻いた帯に吊り下げる装身具(佩飾品)としての用途も併せ持ち、把や鞘といった外装(拵え)には象牙や犀角といった珍材を用いて贅を凝らしたものも多い。

拵えには使用されているワールドワイドな材料にとどまらず、螺鈿や撥鏤など唐代の工芸技法のほぼ全貌がうかがえる。また、見た目には豪華さはなく、控えめな意匠ではあるが、高価な香木である沈香を把や鞘に貼るなどして芳香を放つといった通好みなものもいくつかある。

今も昔も人が携行する実用品の装飾には共通の傾向がみられる。たとえば、江戸時代の印籠しかり、現代のスマホしかり、派手好みな人もいれば、シックで粋なものを好む人もいる。刀子ひとつ見ても、持つ人それぞれの趣味嗜好で選ばれており、古代における多様性が見いだせる。

ところで、正倉院には組紐の腰帯に刀子や佩飾品を吊るしたまま献納したものが残っている。法要の際に仏前で身に着けた帯を解くとは考えにくく、ましてや橘夫人のような高貴な女性がそのようなことをするはずがない。おそらく、着用していたものをその場で「喜捨」したという体裁に意味があったのだろう。

(前・宮内庁正倉院事務所長 西川明彦)

前回のコラム:
【正倉院 モノ語り・コト語り】糞掃衣―九条刺納樹皮色袈裟