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2023年11月03日

【正倉院 モノ語り・コト語り】糞掃衣―九条刺納樹皮色袈裟

大仏さまへの献納リスト『国家珍宝帳』の筆頭には袈裟が9領記載されており、本品はそのうちの第1番目、すなわち正倉院宝物の一の一である。

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九条刺納樹皮色袈裟

本品は縦長の裂を横に9枚縫い継いで仕立てた九条袈裟であるのに対し、このほかの袈裟は七条である。いずれの袈裟も聖武天皇をはじめ、受戒した貴顕が着用したものと考えられる。

「刺納」は刺し子縫い、「樹皮色」はまさに樹木の皮のような複雑な色味から奈良時代に名づけられたもので、今なら「迷彩色」となりそうである。

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同 刺子縫いの部分

各条は不定形のさまざまな色の平絹を何枚か貼り重ねたうえ、絹糸で刺し子縫いし、さらに表面を軽石のようなもので擦ってダメージ加工をしている。驚くべきは裂かれた平絹の繊維1本に至るまで刺し子の縫い糸が残ることである。おそらく刺し子の糸を引っ張って裂地を寄せるなどして、糸が擦り切れないような工夫をしたのだろう。

このように端切れを不規則に縫い付けて袈裟に仕立てたものを「糞掃衣(ふんぞうえ)」といい、お釈迦さまが修行時代に用いたという。

まさに汚物を拭いたり、遺体を包んだりして捨てられたような裂を拾い集めたものを身に着けることで「執着」から離脱したのに倣ったものである。

しかし、この袈裟はボロ布風に仕立ててはいるが、その実は贅を凝らした極めて豪華なもので、本来の趣旨とはかけ離れている。

そもそも蚕を殺して糸を取る絹を袈裟に用いることは適切ではないという考え方もあり、正倉院の袈裟をみるといつも複雑な気持ちになる。

あとの時代には金糸を織り込んだ金襴の袈裟も身に着けるのだからこれもOKだと自分に言い聞かせるが、いまだ諦観の境地にはたどり着けない。

嗚呼!われらはブッダの本意をどれほど理解できているのだろう。

(前・宮内庁正倉院事務所長 西川明彦)

前回のコラム:
【正倉院 モノ語り・コト語り】天平のバンドマン-布作面